2010年8月17日 (火)

木工品で癒されました

 お盆が過ぎても猛暑は続いています。
 今日、17日ともなれば会社に出社している方が大半を占めるのでしょうが、うちのカミさんは明日まで休みなので仕方なく外出。
 途中、道の駅に寄り木工芸品を鑑賞してきました。
 宮城県登米市津山町国道45号線沿いにあります。
 店内に体験コーナーのようなものもありました。
 木工品は、落ち着きますね。完全に癒し系です。
 ロッキンチェアがありました・・・欲しいな。
 (オーダーメイドで1ヵ月かかるそうです。お値段は5万円くらいのようです)

 道の駅津山もくもくランドのサイト ⇒ こちらから 

 クラフトショップもくもくハウス ⇒ こちらから 

 今日は、人気絶頂期前にローリング・ストーンズの前座をしていた時代にその定評のあるライヴ・パフォーマンスで完全に主役を喰ったという伝説をもつユーライア・ヒープのこれまた絶頂期のライヴ録音「ユーライア・ヒープ・ライヴ」です。
 ユーライア・ヒープ は、イギリスのハード・ロック・バンドですが、時折プログレッシヴ・ロックのジャンルでも紹介されたりしますが、彼らは間違いなくハード・ロック・ バンドです。
 前身の「スパイス」から「ユーライア・ヒープ」に名前を変更したのは1970年。
 ヘビーサウンドにシンフォニックなサウンド作りで話題になり、遂にアルバム「対自核」で人気沸騰。絶頂期には来日公演も行いました。
 本作は、その来日公演を行った年の1973年当時のライヴ録音盤です。(1973年1月)
 イギリスはバーミンガムでのライヴです。来日公演は3月ですからほぼこのライヴ盤と同じような構成だったと思われます。
 因みにベースのゲイリー・セインは翌年コンサート中に感電事故に遭い重傷を負います。このあたりから徐々に失速していきました。
 その後は、メンバーの激しい交代劇はあるものの何とか現在も継続して活動をしているようです。
 一時は、ロック未開拓地であった旧ソ連で大人気でした。
 アルバム「対自核」からあの大作「七月の朝」が大ヒットしたそうです。
 本作でも熱演しています。

Uriah_heep_live Uriah Heep Live / Uriah Heep

01. Introduction 
02. Sunrise 
03. Sweet Lorraine 
04. Traveller In Time 
05. Easy Livin 
06. July Morning 
07. Tears In My Eyes 
08. Gypsy 
09. Circle Of Hands 
10. Look At Yourself 
11. The Magician's Birthday Party 
12. Love Machine 
13. Rock 'n' Roll Medley: Roll Over Beethoven / Blue Suede Shoes / Mean Woman Blues / Hound Dog / At The Hop / Whole Lotta Shakin' Goin' On

David Byron (vo)
Ken Hensley (key,steel-g)
MIick Box (g)
Gary Thain (b)
Lee Kerslake (ds)

Recorded January 1973 in Birmingham, England 

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2010年2月 7日 (日)

朝青龍よ、どこへ行く

 大横綱の朝青龍が突然の引退表明。記者会見では思い出の一番を訊かれ涙ぐむ姿も。
 しかし、それ以外の質問では淡々とした態度で答えていたし未練はないと言っていたがそんなことはないだろう・・・強がりを言っているしか思えない。
 そして、朝青龍のマネジャーの一宮氏のブログでは「辞める気なんかなかった」とドルジの気持ちを代弁しているようだ。二人で号泣したことも・・・。
 今さら後悔しても始らないが、そのような気持ちがあるならばなぜ態度を改めなかったのか?これまで何度も問題を起こしては大騒ぎとなっていたではありませんか。

 強いだけでは・・・とよく言われますが、それは土俵上の勝負においてだけではないこと。心の強さも求められていること。若くして頂点に昇り、持て囃され、持ち上げられ天狗になった元大草原の少年は、体の強さと地位とは真逆に心が未成熟のまま優勝回数を増やしていった。
 彼の周辺は誰も苦言を呈する人もいないまま、お山の大将・・・いや平原のガキ大将は、神にでもなったかのような振る舞いであった。
 しかし、そんな彼も違う師匠と出会っていたらどうだったか?あのハッキリ言ってお○カさんでは師匠だったことは彼の不運だったかも?(まぁ一番悪いのは本人ですが)
 ヤンチャ坊主は、愛くるしい表情も時折見せるが、一方では鬼よりも恐ろしい表情を覗かせることもあり、まるで「魔人ブウ」のようだった。
  横綱の品格をよく問われていたが、品格と言えば間違いなく力士の王道を歩んだ平成の大横綱と言われた貴乃花と比較されがちであったことも彼の悲運。
 優勝回数こそ貴乃花超えを果たしたが心・技・体の3拍子はまったくバラバラな横綱であったと思う。
 奇しくも貴乃花親方が理事選に出馬して前代未聞の挑戦をして見事当選を成し遂げ、初仕事が朝青龍の処分に関わるとは・・・。

 この2人は比較対照されるが、本場所での直接対決は2回ありました。1回目は、朝青龍が思い出の一番と引退会見でも言っていた両親の前で横綱武蔵丸(初日)に勝った平成13年夏場所です。
 当時は西の小結でしたが3日目に初顔合わせで対戦しました。結果はわずか5秒で一方的に貴乃花の勝利で終わりました。この場所で貴乃花は22回目の優勝を成し遂げましたが、その代償はあまりにも大きいものでした。
 それは14日目の武双山戦で大けがを負い、千秋楽の本割では武蔵丸に全く相撲にならず負けてあの伝説の決定戦。もの凄い気迫で武蔵丸を破りその瞬間鬼の形相。表彰式では表彰状を読み上げた後にあの小泉首相がアドリブを入れるなど話題となった場所でしたが、その後長期休場によって進退問題までに発展しました。
 そして貴乃花の7場所連続の休場で進退をかけた平成14年秋場所で2人の2度目の対決が実現しました。朝青龍は貴乃花の長期休場の間、着実に成長を遂げ地位も大関になっていました。
 その内容は火の出るような朝青龍の激しい闘争心は何回かのもの凄い張り手で左フックが炸裂!しかし、これに動じないのが心の強さを持つ貴乃花で落ち着いて最後は土俵際での逆転の上手投げ・・・辛くも勝利しましたが、その後の二人の行動に天地の違いが出ています。
 あれほど張り手を食らったにも拘わらず負けた朝青龍を気遣うように先に土俵に上がるのを譲った貴乃花に対し、朝青龍は礼も満足にせずそそくさと土俵を下り花道を引き揚げていき、そして「チクショー」(小梅太夫か)と思いっきりはき捨てる態度の悪さ。もうこの頃からその態度の悪さは目に余るものがありましたね。
 このガチンコ対決はYOU TUBEで見れますが以下に埋め込んでおきます。

 今後どこに行くつもりでしょうか?日本国籍がないので相撲界には残れないようです。モンゴルに帰れば英雄ですから心配はないのですが、数年後にモンゴルの大統領になっているかも?
 現在はハワイへ傷心旅行をしているようですが、中田英寿氏のように自分探しでもするのかな?
 又、お酒で問題を起こさなければいいのですが。

 さて、先週の学習時間はわずか2時間と遅れに遅れてきました。おそらく今年の試験には間に合わないでしょう。
 でもまだ諦めてはいません。 

 今日は23歳という若さで天逝した天才トランペット奏者ブッカー・リトルのワン・ホーン・クァルテットの傑作のタイム盤「ブッカー・リトル」です。
 実はこの作品はCDは持っておらず、先日実家で久しぶりにこのLPレコードを聴きました。同年代の天才トランペット奏者にリー・モーガンやフレディ・ハバードなどがおりますが、彼らが赤色の炎とするならブッカーは青色なのです。
 そして先輩のクリフォード・ブラウンの流れを汲んだよく歌うラッパはとても将来が楽しみな一人だったと思われます。亡きクリフォード・ブラウンの後釜としてマックス・ローチの作品に参加するなど活躍しておりました。
 超有名なエリック・ドルフィーとの双頭コンボでのファイブ・スポット・カフェでのライブの僅か約3か月後の1961年10月5日に、尿毒症のため23歳という若さで急逝しました。
 本作品はのっけから、ブッカーのラッパが響きっぱなしであり、この作品にかける気持ちと意欲が伝わってきます。
 そしてこの作品にはもう一人若くして亡くなった天才ベーシストのスコット・ラファロが参加しております。
 スコット・ラファロはブッカー・リトルの死のちょうど3か月前に亡くなっています。
 そんな2人の天才が共演した貴重な記録でもあります。

Booker_little Booker Little / Booker Little

01. Opening Statement
02. Minor Sweet
03. Bee Tee's Minor Plea
04. Life's A Little Blue
05. The Grand Valse
06. Who Can I Turn To

Booker Little (tp)
Tommy Flanagan (p)
Wynton Kelly (p)
Scott LaFaro (b)
Roy Haynes (ds)

Recorded April 1960

 

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